阿波野青畝句碑巡りコースダイジェスト |

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| 壺阪山駅 |
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大正12年、当時の吉野鉄道が吉野口−橿原神宮前間を開通させた際に開業。現在は近畿日本鉄道吉野線となっている。 |
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| 中央公園 |
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「葛城の 山懐に 寝釈迦かな」
(かつらぎの やまふところに ねじゃかかな)
郷里の高取からは葛城山がよく見える。寝釈迦の図は、実際には葛城山の山腹にある寺の中にあるが、まるで葛城山腹に寝釈迦が抱かれているがごとく思える。 |
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夢創舘
ポケットパーク |
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「飯にせむ 梅も亭午と なりにけり」
(めしにせむ うめもていごと なりにけり)
上京のついでに梅見の誘いをうけた。東京を離れて多摩川の長い堤を、どういうように歩いたかは覚えていない。不便な土地へひっぱられ、見るとあちこちに農家があり畑に梅が咲いている。畑に籾殻などが敷いてありその上を踏んで行くと、見晴らしのきく場所に粗末な置床几をちらしてある。数人の客が甘酒を飲んで遊んでいる。句を作るべく、私らは梅の下枝をかいくぐったりする。足が重くなる。冱(さ)え解けの柔らかい土がひっつくからだ。日はすでに頭の上にあって正午になっている証拠だ。なんとなしにひもじい気持が催して、飯を食う所がないかと人に問いたくなったのである。 |
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| 青畝の生家 |
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「虫の灯に 読み昂ぶりぬ 耳しひ児」
(むしのひに よみたかぶりぬ みみしひご)
幼い頃よりの耳疾でよく耳が聞こえない。秋虫の音を聞きながら本を読みふけっている「耳しひ児」それは私なのだ。
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| 長円寺 |
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「供藷 眼耳鼻舌身 意も無しと」
(そなえいも げんじびぜっしん いもなしと)
戦時中のこと、長円寺の仏様に供えてあるさつま芋を住職に頂いて、お腹が減っていて、全身で味わって、全身でおいしかったと喜んだ。
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上子島
砂防公園 |
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「満山の つぼみのまゝの 躑躅かな」
(まんざんの つぼみのままの つつじかな)
これから躑躅の花が、一杯に咲こうとしています。 |
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| 「鷹鞭(たかむち)句会」の御紹介 |
青畝の指導の下、高取町は大正から昭和初期にかけて、辻大牙(たいが)、森下紫明(しめい)、亀井淡子(たんし)などの俳人が活躍して俳句が盛況だった。
戦後一時衰退したが、現在は「鷹鞭(たかむち)句会」の方々が、山口峰玉(ほうぎょく)先生の指導の下、青畝の意志を継いで活躍されている。 |